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本と絵本

『幼児期には2度チャンスがある』を読んでみました。

藤井聡太さんがモンテッソーリ教育を受けていることもあり、その教育方法に注目が集まっています。
またこの本の著者である相良敦子さんが2017年に永眠されました。

ではモンテッソーリ教育とはどのような教育方法なのでしょうか?

藤井聡太さんの幼児期についてはこちらの記事で紹介しています。

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まえがき

●幼児教育で大切なことは、幼児期から自分で選び自分で考えて実行し、自分で責任をとる教育です。

●モンテッソーリ教育の成果は小学校中・高学年になって現れると言われています。

●そのような成果を得るためにも、幼児教育でその土台を築いておくことが重要です。

今小学校の学級崩壊が問題になっています。
これは小学校の先生の問題ではなく、幼児期に適切な経験を積んでこなかった結果です。
幼児期の適切な経験が土台となり、その後の成長を作るのです。

序章 よく見えない問題の核心

●幼児期に手が付けられないほど荒れていた子が、その歪みから立ち直っていくとき、同時にその子の奥底に潜んでいた善良さが現れてくるのが見えます。

●逆に幼児期に荒れている子がそのまま学童期に入っていくと、それは良くなるどころかますます悪くなります。

モンテッソーリ教育の実践を通してそのような子の歪みが正されただけではなく、その子の善良さも現れてきます。

しかし幼児教育界では「自由保育」が学級崩壊を招いていると思いつつも、その核心が見えてきませんでした。

第1章 学級崩壊が問いかける幼児教育の問題点

●モンテッソーリ教育を受けた子は自分で考えて動ける子になります。逆に1学期に先生の指示通りに動けた子は先生の指示がないと動けない子にななります。

●特に4歳前後が「しつけの絶好機」です。なぜならこの時期に➀人間は自分の意思通りに体を動かしたくなり、また➁社会の中でちゃんと行動したい欲求が出てくるからです。

●その欲求に答えるために、大人は動き方のモデルを見せ続けるのです。

●「遊び=いつでも止めることができる」「仕事=最後まで終わらせる」という違いがあります。
遊びを仕事として捉え、最後まで全力でやり尽くし、達成感を味わったとき、子どもは内面から変わることができるのです。

自由保育が良いとされ、ただ子どもを好きなように遊ばていました。
その結果幼児期に身につけるべき事が身についておらず、荒れた子のまま学童期に入ります。
その子達が学級崩壊の主人公になってしまうのは当然です。
幼児教育に問題があったのです。

それを防ぐために、大人は幼児期に子どもが自ら活動に取り組めるように支援しなければなりません。
子どもは自分の力だけでは、そのチャンスを十分に掴むことができないのです。

最初の3年間(幼児前期)に歪みを身につけてしまっても、次の3年(幼児後期)に正常化されるチャンスはまだたくさんあります。

第2章 幼児期の歪みと正常化

●正常な子とは、『自分のリズムで行動することができ、秩序に従うセンスや、他人を思いやる心をもっている』ものです。

●歪みのある子は「強いタイプ」「弱いタイプ」があります。
「弱いタイプ」は目立たないのでかえって危険でもあります。
存在感が薄いせいで後回しにされ、その子の心に悲しみが積もっていきます。

●1歳前後の子は場所や秩序や所有者にこだわる「秩序感」が強く出てきます。
しかしこの「秩序感」はその年齢の子どもにとってとても大切で、そこを無視して大人がすべてやってしまうとやる気のない子になってしまいます。

歪みのある「強いタイプ」「弱いタイプ」、大人がすべてやってしまいやる気のなくなっている子がモンテッソーリ教育のなかで「お仕事」と呼ばれる遊びを思う存分繰り返すうちに、正常化されていくことが説明せれています。

第3章 子どもが内側から良くなるとき

●子どもが深い充実感を感じたり、自信を味わうまで活動をやり遂げたとき、内面から変わっていきます。
その活動には流れがあります。

自由選択⇒繰り返し⇒集中⇒達成感・充実感

●途中で投げ出すことなく一所懸命やり、自分で終了の区切りを付けられる活動が子ども正常化させるのです。

●だから子どもは責任感のある「お手伝い」が大好きなのです。

子どもは外で遊ぶのが一番良い、と考えがちです。
しかし外で思いっきり遊んだように見えるのにまだストレスが貯まっているような時があります。

逆に室内で細かな作業をしていたのに、晴れ晴れとした表情のときもあります。
それは内面の充実感のせいです。

また子どもがボーッとしていても、それは子どもなりに何かを考えているかもしれないので、そっとしておくのも大切です。

第4章 自分を抑制する力の正体

●ガキ大将のK太は落ち着きがなく乱暴なことばかりします。
ある日さんざん叱られたK太はこう言いました。
「僕の頭の中に悪魔がいて、悪いことしろって言うんだ。僕は頭の中がグシャグシャになって悪いことしてしまう。」

これを聞いた先生は、この子も自分のことをコントロールできなくて悩んでいるんだ、と知ります。
そしてK太の精神を集中させれるような教材を作ってあげて、K太も徐々に落ち着いていきました。

このように逸脱発育から正常化させるためには、仕事を積み重ね体験させることです。
そのために大人は子どもを援助していかなければなりません。

第5章 モンテッソーリが発見した「集中」

●子どもは「自由に選んだ」ときだけ「繰り返す」のです。
そしてただ繰り返すのではなく「集中」して繰り返すのです。

自由に選ぶ⇒繰り返す⇒集中する⇒充実感や達成感をもって終わる

このステップを踏んだ子は内面から変わり、良さを現し、自立していきます。

幼児期の人間にとってこのステップを踏むことは自然から「今はこれをしなさい」という宿題を与えられているようなものです。
必然なのです。

モンテッソーリは子どもが集中するために必要な「環境」や「援助」を研究しました。

第6章 「敏感期」の強烈なエネルギー

●モンテッソーリは「なぜその時期にそれをやりたがるのか?」と疑問を持ち研究しました。
すべての生物は幼少期に持つ「敏感期」とは、自分が成長するために必要なものを環境の中に見つけるために、感受性が特別に敏感になる短い期間のことです。

●3歳までに強烈な「秩序感」が生まれます。
「これはここなの!」などの強いこだわりです。

●3歳~6歳は感性の基礎が育つ「感覚の敏感期」です。
この時期の子どもは大人が感心してしまうような微妙な差異を区別することができます。

●4歳前後の子は「随意筋運動の調整期」で、自分の意思通りに動けるようになろうとあらゆる運動をします。

幼児前期の「秩序感」は、自分を取り囲む事物の関係性を知る内部感覚を整えるために必要なことです。

この自然からの宿題を果たせないと落ち着きがなくなったり、やる気のない依存心の強い子になってしまいます。

3~6歳の「感覚の敏感期」は3歳までに吸収した混沌とした印象を区別したり整理していきます。
だから視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚の5つの感覚すべてが敏感になります。

4歳前後の「随意筋運動の調整期」は自分の思い通りに動けるようになります。
そしてそれは全力投球でなされます。

この時期の動きは次の4つです。

・大きな動きをする・・・この経験を存分にできた子はその後の人生で全力を出し切って挑戦できる力を持っています。

・バランス感覚を身につける・・・線の上を歩きたがるようになります。

・手と腕を使う・・・砂場の砂を掘り起こしたりします。手や腕を使うと肩や手首の動きも分かってきます。

・指先を使う・・・この時期に指先を使わないとその後もずっと不器用なままになってしまいます。

幼児期は人間のハードとソフトが根源的に作られる重要な時期です。
この時期に生涯でもっとも強烈な肉体的エネルギーが内面から溢れてきます。

子の強烈な肉体的エネルギーと精神的エネルギーが自然の法則に沿った方向に働くと、二つのエネルギーは統合されます。

統合されたエネルギーが最高値に達すると、それは再配分されます。
それは人格を安定させるのです。

第7章 「知りたい」という自発的なエネルギーの行方

人間が人間であることの特徴は「問い」をすることです。
そしてそれは感覚の敏感期から現れます。知性は「自発的」です。
勝手に生き生きと展開していきます。
そしてその時は夢中になっています。

人間はごく小さい頃から知性を働かせています。
知性の働き方は、分ける・集める・合わせる・比べるなどです。

ミニカーを1時間半も並び替え続ける男の子がいました。
これは知性を働かせて夢中になっているためです。
自分なりに法則を見つけて、それに沿って真剣に考えながらやっているのです。

このような自発的活動を援助することは大人がしなければなりません。

第8章 「動きながら学ぶ子ども」への教え方

●子どもは本当は自分でやりたがっているのです。だからやり方を教えてあげることが大切です。

●教えたい動作をひとつ取り出し、黙ってゆっくり子どもの目の前で見せてあげるのです。これを「提示」といいます。

●すると子どもは今度は何度も同じ動きをします。それは大人があきれるほどです。しかしそれは大変重要なことなのです。

●「提示」が上手いのは父親の方です。子どもの「自分でやりたい!」という願望は自立です。男性は社会的、現実的な性質を持っています。ですから子どもの視界を広げる役割をもっているのです。

子どもは自分でやりたがっているのですが、本当は正確に学びたいのです。
だから例えばお箸の持ち方を「提示」をするときは、黙ってゆっくりを行います。

この「黙って」が重要です。
子どもは視覚や聴覚がまだ未発達であり、それらを同時に使うことがまだ得意ではないためです。

「提示」を見た子どもは、今度は繰り返しその行動を繰り返します。
それはその「提示」を「学ぶ」ことをするからです。

「学ぶ」ためには3つの要素から成り立っています。
「経験」「理解」「判断」です。

「経験」は五感や体を動かすことです。
すると次は「なぜ?」などの疑問が生じます。

その疑問を解消するため、知性が働き始めます。
知性を使い、分析したら、比べたりして「理解」していきます。

さらに「理解」したことが本当に正しいのか確認したくなります。
そして「やっぱり!」と納得します。
これが「判断」です。

この3つの過程を経て真に「学ぶ」ことができます。
子どもは納得し自分から止めるのです。
そしてその時子どもは本当に変わります。

子どもに教えることは自由を奪うことだ、子どもが自分で工夫することを尊重すべきだ、とか自由に元気に遊ぶべきだ、と言う意見があります。

でもそれは子どもの真の欲求に応えていません。
成長に見合った環境を整え、動き方のポイントを意識して教えることが大切なのです。

そこで父親の存在が重要になってきます。
男性は子どもを社会化させる働きがあるのです。
また母親と子どもの距離を作ってくれる人物です。

そのような父親が「提示」をすれば、母親よりも冷静にできると考えられます。

第9章 子育て一度目のチャンスー零から3歳

●0~3歳は実は最も大切な時期です。
でもこの時期を逃してしまったとしても、3~6歳に2度目のチャンスがあります。

幼児時期の知性から生じる行動を正しく伸ばしてあげれば、子どもは安定して落ち着いて育っていきます。

しかし新米ママで、まだ心身ともに不安定な状況でこの大切な時期はあっという間に過ぎていきます。

大切な幼児前期のチャンスを逃してしまっても、幼児後期にもう一度チャンスがあります。

小児科医のお母さんが小さい頃は子育て中心、ということで休職して子育てに専業していました。
モンテッソーリ教育に沿った手作り道具を使って、お子さんはその知性を十分に満たしながら順調に成長していきました。

でも仕事を休職している焦燥感などから自分を見失ってしまうこともあったようです。
しかし母親の心を支えていたのは、子どもの尊厳の認識なのでした。

第10章 子育て2度目のチャンスー3~6歳

●幼児前半の子が落ち着くがなかったり、やる気のない子だったりしても、3~6歳に起動修正するチャンスがあります。
幼児後期は正常化するためのエネルギーに満ちあふれているからです。●一人でできるこは「自信」につながります。そして「自信」は「自立」につながります。

●世界のトップクラスになった人達の共通点は、親が家庭の雑用や責任を小さい頃からやらせていた、ということです。
家庭において毎日繰り返し、責任を持たせ自主的に行動させていたことが、トップレベルの耐性に繋がったのです。

●今の時代は一昔前の「放っておけば子どもは育つ」と言う考えは通用しません。
なぜなら一昔前は人の自然な営みのあった暮らしだったからです。現在はその自然な営みは意図的に取り入れなければなりません。

●モンテッソーリの目的は「自分で考えて行動する人間を育てる」ことです。
幼児期にこれを身につけると、小学校高学年になってからその効果が現れてきます。

Y太君の場合が一人でできるようになったケースです。

〇2歳半のときは朝の着替え(ボタン、ファスナー、安全ピンを留める、パジャマをたたむ)と食事の準備を一人でさせます。
小さいから、と言ってお母さんが全部やってしまうと手を使えていないので、大きくなってからもっとできなくなります。

〇1歳10ヶ月頃から包丁も使えるようになります。その際お母さんは口数は少なく、ゆっくり包丁の使い方を見せて、同時に包丁の危険さも教えます。

〇10歳までに自分一人で作れるメニューを10種類くらいは身につけさせる予定です。
字がすらすら読めて、分量も量れるようになったら手順を箇条書きにした紙を用意します。

配膳も小さい頃からやらせます。

これらのことができるようになると、他のお手伝いも子ども自らやってくれるようになります。
このようにお手伝いは「自分で考えて行動する」とこに繋がります。

 

ブルームというアメリカの教育学者はトップレベルになる人たちの共通点を見つけました。
それはその人達は子ども時代、毎日繰り返される家庭のお手伝いを通して、責任と自立性を身につけていたのです。
そしてそれが役に立ちトップレベルに至るまでの訓練に役立ったのだそうです。

このような家庭での行いがなされておらず、母親が身の回りのことはやってしまい塾に連れて行かれるような子は、かえってボーッとしていたり、不器用だったりします。

 

お手伝いがなぜ大切か?
それはまず大人が「提示」する時、大人は考えながらやります。それを見ている子どもも考えながら見ています。

次に自分でやる時は、見たことを思い出して考えながらやります。
その時は次にすることも考えています。
つまり次にやることを予測しています。

このように次にやること予測する習慣が考えて動く人になっていく第一歩なのです。
そのためには「提示」は大人のペースではなく、子どものペースでなければいけません。

モンテッソーリ教育では日常の生活行動を3種類に分け、それぞれが完璧にできるようにやり方を示すようにします。
これを「日常生活練習」と呼んでいます。

1つ目は自分自身の身だしなみです。
自分で顔や手を洗う、着脱、歯を磨く、髪の毛をとかすなどです。

2つ目は自分の周辺への配慮です。
掃除、小動物の世話、植物の世話、お膳立て、食器洗い、戸棚の整理など。

3つ目は礼儀やマナーです。
挨拶のしかた、物の渡し方、食事のしかた、美しい振る舞いなど。

そのような社会で通用する端正な身のこなしをこの時期に大人がきちんと教えてやるのです。
礼儀正しく振る舞うことができるようになると、子どもの注意が社会に向けられます。

これらは「しつけ」ではありません。
子どもが自分で考え、自分のあるじとして振る舞うことができ、大人から独立して行動できることを目指します。

すると目的に向かって知性を働かせて動く習慣が身につきます。
それは小学校に上がったとき「自分がやろう」と心に決めたことを実現する段取りを考える頭になります。

小学校生活での基本的に必要な事ができます。
立つ・座る・挨拶する・片付け・掃除・宿題・翌日準備など。
このような基本的な生活力は、小学校低学年で、学校文化と学習の方向へシフトしていくために必要不可欠です。

さらに小学校高学年になるとそれらのものが統合されて自分の真の実力が発揮されます。

田中さんというお母さんは、子どもの側から溢れ出てくる強い関心に導かれて言語や数の教材を手作りしました。
それらは感覚器官と運動器官を使うものです。

すると子ども達は言語や数の世界からさらに広い文化の世界を求め始めます。
そうしたら世界を知る地図や宇宙を知る星座などの教材を手作りしました。

このように発展させることが幼児教育にとって望ましいのです。

このように幼児後半に大切なことは、

自分で選ぶこと

選んだことを続けてやること

困難から逃げないで全力を尽くして乗り越えること

達成感や充実感を味わうこと

この一連の道筋を踏みしめることができるように援助し、支えてやることが大切です。
「幼児期は楽しく遊ぶのが一番!」というおおざっぱな幼児教育理論が学級崩壊を招くのです。

終章 モンッテソーリ教育を受けた子どもたちのその後

モンテッソーリ教育を受けた子の小学校以降の様子は次のようにまとめられます。

➀順序立ててものごとを考えることができる。
➁何をするにも、計画をたて、順序を踏んで着実に実行する。
➂段取りがよい。
➃先を見通すことができる。
➄1から出発する。
➅省略しない(ただし急ぐときにはどこを省略するかポイントがわかる)
➆状況の読み取りが早く、機転が利く。
⑧わずかな差異に気付き、道徳性が高い。
⑨一人でもたじろがない。
⑩礼儀正しい。本質に対して忠実。

モンテッソーリ教育を受けた子は小学校高学年かた中学生にかけて成果がでてきます。
ですからこのような例が見受けられるようになります。

〇ある年の中学生の中に、何でも積極的に取り組み、自分たちでテキパキと計画し実行していく生徒がいる。
〇集中力があること、段取りやスケジュールをたてるのが上手いこと、旅行のパッキングなども10歳で大人より上手いこと。
〇テスト勉強はムキになるほどしていないが、計画をたて10~25位ぐらいを保っている。
〇小学4年生で「ランニングサークル」に入り、足が痛くても「自分で選んだことは最後まで頑張る」と練習を続けた。
〇そのサークルに後から入部してきた子にタイムで負けてしまった。「でも私は努力タイプだから、毎日練習を続ける」と自分を分析し、努力をし続ける。
そして目標をもち関わった事には、最後まで一緒取り組む。

総合学習では子ども自身の中に、自分から選び追求する力が育っているかが問われます。
モンテッソーリ教育の幼稚園で自分で選び究めていく活動を毎日毎日やることで、その力が育っていきます。

幼児前期は秩序感や自然の法則に従って生きようとする力を大切にしてやります。
すると生涯の土台となるものが育ちます。

幼児後期は自分で選び、選んだものを自分の知性のリズムで続け、集中してやり遂げる経験を幾重にも積み重ねるます。
すると生涯学び続けるという「自ら学ぶ力」が身につきます。

あとがき

●「自分で考えて動く」子どもを育てるには、モンテッソーリ教育の「日常生活練習」が重要になります。
自由保育ではないのです。

モンテッソーリ教育を受けた子ども達の秩序ある行動力は、学級崩壊を起こす子ども達とは逆の行動です。
自由保育ではないのです。

最後に

自由選択⇒繰り返し⇒集中⇒達成感・充実感の繰り返しが子どもを正常化させるだけでなく、自立した子になるために必要です。

そのために大人は環境を与え、支援していかなければなりません。

今5歳の息子にはできているところとできていないところがあると思いました。
もうすぐ6歳ですが、もう少し粘ってモンテッソーリ教育の日常生活練習を実施していきたいと思います。

我が家のモンテッソーリ教育取り入れ方法はこちらの記事にあります。

 

モンテッソーリ教育を我が家に当てはめて考えてみました

 

by リレポト

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