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松井秀喜の子供時代や幼少期は何してた?親の教育方針もスゴイ!

数々の素晴らしい成績を残された松井秀喜さん。
いったいどんな子供時代を過ごされたのでしょうか?
また父昌雄さんの教育方針はどんなものだったのでしょうか?

生まれたとき

松井さんは1974年6月12日、石川県能美市で生まれました。
父は瑠璃教会二代目司教の昌雄さん、母はさえ子さんの二男でした。
兄弟は3歳上の兄との2人兄弟。

出生時の体重は3,960グラムありました。
今の時代低体重の赤ちゃんも多いですので、生まれたときから丈夫な赤ちゃんだったのです。

保育園時代

3歳から自宅近くの保育園へ入園しました。
その当時から体が大きく、当時の保育園の先生によると「8歳くらいに見えた」とのことです。
相当大きかったのですね。

小学校時代

ピアノが得意だった

3歳頃からピアノを習い始めました。
小学校4年生で「マイウェイ」を兄と連弾しました。

こちらの動画は松井兄弟の演奏ではありませんが、どんな曲の雰囲気だけでも味わえます。
結構難しそうな曲です。

【動画】マイウェイ (連弾)

作詞はポール・アンカ、作曲はクロード・フランソワ。
でも松井少年が一番好きだったのはモーツァルトだったようです。
天才はやはり天才モーツァルトが好きだったのでしょうか。

柔道や相撲が強かった

野球部に入部する前の小学3年生からは柔道教室に通っていました。
柔道は小学校で石川県3位になりました。
また国体強化選手にも選ばれています。

相撲も強く「わんぱく相撲大会」で優勝したこともありました。
本当に体力があったのですね。

このように柔道も強かった松井少年は、中学では柔道と野球のどちらを選ぶか迷いました。
進学した中学校に野球部しかなかったため、必然的に野球の道に進むことになります。

野球クラブへ入部

兄が野球クラブに入っていたので、本来は3年生からしか入部できないのですが、1年生で入部しました。
しかしやはりルールなど理解ができず、すぐに退部します。

その後小学5年生になって、兄の野球への真剣な姿に惹かれて野球を本格的に始めました。

打ち過ぎるために左打ちに

もともと右利きだった松井少年。
でもあまりにも打ち過ぎるので、兄から左打ちにするよう言われたのがキッカケで左打ち打者になったのは有名な話です。

小学校からの座右の名

「努力できることが才能である」という言葉です。
この言葉は父昌雄さんが筆で紙に書いてくれました。
律儀な松井少年はこの紙を机の前に貼っています。

父の言葉を毎日心に刻んでいたのでしょうね。

中学野球部時代について

中学生で既に身長は170cm、体重は95kgありました。
あだ名は「関取」。
相撲部屋からの勧誘もあったのでしょうか?

軟球ボールを良く割りました。
だからボール代だけでも年間20万円もの出費がありました。

軟球ボール1個600円とすると、およそ一日1個の割合で割っていたことになります。
昔から怪力だったのですね。

松井家の教育方針

「他人の悪口は言わない」

中学2年生の時のある夕食時に、松井さんはつい友達の悪口を言ってしまいます。
すると父昌雄さんは「人の悪口を言うのは下品なことです。二度と言わないと約束しなさい。」と言いました。

それ以来松井さんは約束を守って、人の悪口は言っていないそうです。
きちんと叱る父、それを忠実に守り抜く息子、共に素晴らしいです。

父昌雄さんは褒めてから注意した

松井少年に注意するときは、まず母さえ子さんから良いところを聞いてから注意しました、
注意されたばかりでは、本人もやる気をなくしてしまいます。
その辺を理解されていたのですね。

父から「道具を大切にしなさい」と言われた

父に言われたことを松井さんはその後の人生においてずっと守っています。
毎日クラブを磨くことは、野球を始めた頃から続けています。

そんな物を大切にする姿勢は、ヤンキース時代の監督も高く評価していました。
そしてそんな松井さんの人間性を誰よりも認めていました。

父は「ひでさん」と呼んでいた

子供だったとしても、一人前の人間として扱いました。
だから「ひでさん」と呼んでいました。

それは子供が何かサボっていても、信じて待つことが大切ということです。
なかなか難しいですよね?

実家は宗教法人瑠璃教会

創設者は松井さんの祖母の松井瑠理寿さん。
父昌雄さんは2代目で司教をされています。

松井さん本人は信者ではないようです。
しかし創設者でもある祖母や父の強い信念を受け継いでいるのは確かだと思います。

松井秀喜さんのスゴイところ

とてもたくさんあるのですが、成績が悪かったときでも記者会見を断らず、誠実に対応されていました。

これは感情をコントロールしなければならないし、他者への思いやりも持っていなければならないし、人間関係処理能力も持っていなければなりません。

いわゆるEQが高いのです。
子供のEQを伸ばすには、まず親が自分の感情をコントロールできなければなりません。

感情のコントロールは男性の方が得意です。
父昌雄さんは感情のコントロールなどEQが高いのです。
そんな父を松井さんもさぞかし尊敬していたのでしょう。

最後に

松井さんはスポーツだけではなく、ピアノも弾いたりして多才でした。
トップになるような方は、いろいろな事に精通されているのですね。

また松井さんは物事に対して誠実な対応をされています。
クラブを毎日欠かさず磨くことや、記者会見はどんな状況でも断らないとか。

野球だけでなく、人に対しても物に対してもその誠実さが伝わってきます。
それにはやはり親の価値観が受け継がれているのです。
父昌雄さんも松井さんを育てたすごい親なのだと思いました。

今から父昌雄さんをマネするのは大変な努力がいりますが、勉強させていただきたいと思いました。

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