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藤岡貴裕の出身中学や高校はどこか?天然な性格や身長体重なども!


2018年7月26日、プロ野球の規定でトレード交渉締め切り期間ギリギリになって、『千葉ロッテマリーンズ』藤岡貴裕投手と『北海道日本ハムファイターズ』岡大海外野手の交換トレードが緊急発表されました。

藤岡選手のトレードが新たな活躍の場所であるといいですね(^^)

ということで、今回は『北海道日本ハムファイターズ』に移籍した藤岡貴裕選手のプロフィールから、学生時代のエピソードについてご紹介しましょう♪

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トレードとは?

トレードについて簡単にご説明します。

プロ野球選手は、サラリーマンと同じく会社からの辞令には従わなければならない。

加えて社員ではなく個人事業主というキツイ立場にいることです。

トレード拒否イコール自由契約になりますから、自分で活動場所を探さなければいけません。

よく年末くらいにテレビでやってますよね『プロ野球選手の妻たち』という番組。

ある日突然球団から解雇を伝えられ、再出発する道を模索する旦那様をフォローしている奥様の姿を追いかけるドキュメンタリーです。

ある意味シーズン中のトレードも、それに似た側面を持っているように思います (;>_<;)ビェェン

プロフィール

では藤岡貴裕選手のプロフィールを簡単にご紹介しましょう。

生年月日は1989年7月17日生まれの29歳(2018年7月現在)、身長183㎝で体重85㎏と恵まれた体格の持ち主です!

群馬県渋川市の出身で、左投左打のピッチャー

2011年のドラフト会議において『千葉ロッテマリーンズ』、『横浜ベイスターズ』、『東北楽天ゴールデンイーグルス』の3球団が1位指名で競合し、抽選の結果『千葉ロッテマリーンズ』が交渉権を獲得。

契約に際し有名なエピソードが…。

「2011年11月11日、午前11時11分11秒」と縁起を担いで、「1」並びの日時に仮契約を行ないましたΣΣ(゚д´;;ノ)ノ スゴスギ!!!

2012年のルーキーシーズンは開幕1軍スタートし、4月1日『東北楽天ゴールデンイーグルス』戦でプロ初登板を果たし、見事プロ初勝利を収めています。

ちなみにウィニングボールは観戦に来ていたお母さんへ…。

優しい方ですね!

2014年までは先発投手としてデビュー年から6勝ずつ勝ち星を手にしていましたが、翌2015年からは中継ぎ投手に転向しています。

なかなか結果が出ない時期が長く続き、今回左投手不足の『北海道日本ハムファイターズ』と、野手を補充したい『千葉ロッテマリーンズ』の利害が一致し、シーズン途中でありながらトレードが断行されました。

厳しい世界ですね(;。;)

小学校~大学時代について

藤岡貴裕選手は、地元の「長尾小学校」に通い2年生の時に『長尾イースターズ』に入団し、野球人生のスタートを切ります。

『子持中学校』へ進学すると、野手として頭角を現し、2年生でファーストのレギュラー選手として、秋の県大会ベスト8に進出。

その後高校は名門の『桐生第一高校』に進学し、ピッチャーへコンバートされます。

1年生の頃はまだまだ体格に恵まれず、球速も120キロそこそこでした。

まだ結果が出ていなかったのです(^^;)

しかしここで生き残らなければマウンドに立つことは出来ないと一念発起し、ひたすら走り込みと筋トレに打ち込んだそう。

そのかいあって、2年生の時に『第88回全国高等学校野球選手権大会』で甲子園に出場し、肩の強さから外野手の控え選手としてベンチ入りを果たします!

翌年の春の選抜で再び甲子園に帰ってきた時には、外野手兼控えピッチャーとしてベンチ入りしますが、無念の初戦敗退に。

3年生になった時には球速も140キロまで出るようになり、県内でも「桐生第一に藤岡あり」と言われるまでに成長しましたが、夏の甲子園出場を賭けた県大会決勝で『前橋商業』にまたもや敗退。

大学は『東洋大学経営学部経営学科』に進学し、1年生から春のリーグ戦に出場しています。

今でも語り継がれている、2009年秋のリーグ戦から2010年の春のリーグ戦まで、39イニング無失点が実力の証でしょう。

3年生になるとリーグ戦開幕から3試合連続完封を含む6勝を挙げてチームを優勝に導く原動力となります。

さらに4年生になると春のリーグ戦で5勝をマークし、勢いそのままに6月の全日本選手権では1試合で19個の三振を奪うなど、チームの2連覇に大きく貢献!!

また学生最後の秋のリーグ戦でも6勝を挙げ、おまけに通算300奪三振を記録しています。

当時は「菅野智之」(現読売巨人軍)、「野村祐輔」(現広島東洋カープ)と並び、「大学ビッグ3」と称されドラフトの注目選手となったのです。

そんな華々しい活躍をしていた藤岡貴裕選手ですが、2年生の時にスランプに陥り、「ピッチャーを辞めたい」と監督に相談したこともあるとのこと。

やはりどんな名選手も順風満帆な選手生活を送ってきたわけではなく、襲い掛かるプレッシャーや悩みを乗り越えた人だけが生き残れるようになってるんですね(^^)

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性格について

藤岡貴裕選手の天然キャラは当時所属していた『千葉ロッテマリーンズ』では有名で、こんなエピソードがありました。

新人は入団したての時は寮で生活をしなければいけません。

たまたま藤岡貴裕選手に与えられた部屋が「出世部屋」という、その部屋で過ごせば活躍できるというジンクスがありました。

それを知った藤岡貴裕選手は入寮の際、「活躍して早く寮生活から卒業したい」という思いから、必要最低限の荷物しか持って来なかったそうです。

球団によって違いはありますが、「最低〇年は寮生活をしなければならない」という規則があるようですので、少し焦り過ぎたのかもしれませんね(^^;)

しかし藤岡貴裕選手は23歳の時に早々と結婚をしましたので、形は違えど寮生活からいち早く卒業できたようです (^。^;) よかった~

まら入寮の際、菅野選手、野村選手と一緒に撮ったという、自身が宝物にしている写真を持ってくるのを忘れたらしいです。

何をしているんだかと思いませんか(^^;)

また2月に行われるキャンプ用にわざわざ購入した抱き枕を持ってくるのを忘れ、宿泊先で1個余分に枕を借りたこともあるそうです。

血液型がAB型ということは関係ないんでしょうけど、大学時代にはそんな天然キャラとマウンドでの度胸の良さのギャップに二重人格疑惑まであったそうです( ,,-` 。´-)ホォー

基本的に藤岡貴裕選手の性格はマイペースで少々天然要素ありという見解でいいと思います。

あくまで憎めない、可愛らしい天然キャラですからご安心ください(笑)

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ツイッター

「藤岡活躍しちゃうんだろうな!」
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「東洋大学・藤岡貴裕がマリンでロッテ相手に投げるときいて心躍らせて観に行ったあの日もつい昨日のことのよう
新天地での活躍を期待しています!!」
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「俺が藤岡を応援するキッカケになった試合のヒーローインタビューやっと見つけた!!
日ハムで本当に頑張ってくれ😭」
ツイッター

さいごに

いかがでしたか?

今回は先日電撃トレードが発表された藤岡貴裕選手についてご紹介しました。

学生時代に華々しい活躍を送り、なかなかプロでは実力が発揮できない選手はたくさんいます。

今回北海道へ行くことで心機一転、良い方向へ進んでもらいたいものですね。

そのためには奥様の内助の功もさらに必要不可欠になってきます。

藤岡貴裕選手の活躍が見られる日を楽しみにしています(^_-)

最後お読みくださりありがとうございました!

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